私が経験した阪神淡路大震災のとき、日本中、世界中の人が助けてくれました。そこで真の人の優しさや無償で助け合うことの大切さを知りました。そして生きていることはかけがえのないことなんだと。9・11のテロが起こり、年明けてNYのあの場所へも行きました。
もうこんなことは繰り返されてはならない、風化させてはならないんだと、目に焼き付けました。
それと同時に、爆撃をうけているアフガニスタンはどうなっているんだろう、と考えはじめました。

 アフガニスタンから戻って、10日ぶりに自宅に着いて白いご飯とお味噌汁と納豆を食べたとき、涙がでてきました今、日本で当たり前のように送っている生活がいかにありがたくて、幸せなことか。それは世界に目を向ければ当たり前ではないのです。私が会って、話をして、遊んで、手をつないだ子供たちは長い間続いた内戦で医療や教育などの社会的生産基盤が破壊された中で暮らしていました。字が読める女の子は10人に2人しかいません。でもタリバン支配時代は禁止されていた「学校に行って勉強する」ことが楽しくて仕方ないという子ばかりで、毎日片道2時間、往復4時間歩いて地雷地帯を避けながら学校に通っています。アフガンの大地で一生懸命、たくましく生きている子供たちから、私は逆にパワーをもらいました。そして自分にも渇をいれなくてはと思いました。

 皆さんから「では、私はアフガンの子供たちに何ができるでしょうか?」というメールなどがたくさんきています。私は、アフガンの子供たちに関心を持った人なら誰でも、何処にいても何かできると信じています。それぞれが果たしている社会での役割を生かして出来ることがあるのではないかと思います。アフガニスタンの人々に、遠く離れていても私たちは見守っているということを、そしてこの広い世界の大切な一部だということを伝えなければいけません。

 アフガニスタンのレポートは番組などで放送されましたが、それだけではなく、もっともっと多くの方々に今回体験したことを様々な形でお伝えすることができればと思っています。

‘感じてきたものを伝えること’が今の私にできることなんじゃないかと。